スイートコールでプチ援交時代を思い出す即尺を堪能する

スイートコールというテレクラを使っている以上、ツーショットダイヤルで繋がることになる相手の女の子は絶対に18歳以上なのだが、そうと知りつつも、自己紹介で「女子高生です」と言われたならば、その女の子を女子高生と思い込み、女子高生として扱うというのが、テレクラを利用する男性の「粋」な遊び方というものではあるまいか。

だから、スイートコールで繋がった自称女子高生のカンナが実際に何歳なのかは私は知らない。いくらセーラー服を着ているとは言っても、カンナが18歳以上であることは明らかではあったのだが、だからといって、それ以上に踏み込んで、詳細な年齢を聞くというのは、野暮そのものの振る舞いであるだろう。

自分のことを女子高生として提示しなければならないカンナは、「セックスは無理だけどフェラで抜くくらいならOK」だという。

スイートコールでプチ援交時代を思い出す即尺を堪能する

ここで、「ふざけるな!ダミーの女子高生のくせにセックスもさせてくれないとは何事だ!実際の女子高生がセックスをさせてくれた時代もあったというのに、なんという退行か!」と憤激するようなテレクラ男性も、あるいはいるのかもしれない。

だが、そういった淫行でしか満足な快楽を得られないのであれば「ああ、嘆かわしい。もはやこの世に本物の女子高生とセックスができる場所はないのだろうか」と絶望したまま首をくくって死んでしまえばよい。

ここで、首をくくらず「女子高生だと言いはる女の子を女子高生と思い込んだままフェラチオをしてもらう」ということに快楽の可能性を見出すものだけが、現代のスイートコールを制することができるのだし、ただ無為に死ぬためにくくることになった首のかわりに、生の強烈な実感へといざなうカリ首への刺激を獲得することになるのである。

カンナのような自称女子高生のテレクラ女を相手にするときは、自分が身をおいている時空間がまるで90年代の東京であるかのような態度で「へーフェラチオで抜いてくれんの?いくら?」とラフに尋ねればよいのだ。

スイートコールでプチ援交時代を思い出す即尺を堪能する

それだけのことで簡単にアポが成立し、セックスはできないにせよ簡単に口内発射させてくれるというのだから、カンナのようなテレクラ女の「せめて、テレクラを使っているときくらいは女子高生に回帰したい」という願望を利用しない手はない。

もちろん、このような願望により、歪んだ自称女子高生が生まれてくる背景には、男性側の「女子高生と援助交際できたころに戻りたい」という欲望があるのだし、むしろ、その欲望こそが、カンナのようなモンスターを生む原因にもなっていることは言うまでもない。

何を隠そう、私こそが「フェラチオのみのプチ援交」というシチュエーションにとらわれているテレクラ男性なのであり、私はこのセックスなしのプチ援交でフェラチオをされることでしか快楽を感じることができない体質なのである。

つまり、自称女子高生としてプチ援交を私に持ちかけてくれるカンナという存在は、私にとっては救世主とも言えるのであるし、まさに渡りに船なのである。

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指定された場所がカラオケボックスだというのが、また、良い。当時のプチ援交で出会った女子高生たちのフェラチオの感触と、隣のカラオケルームから聞こえてきた当時のヒット曲のメロディが私の脳裏におぼろげに蘇ってき、その記憶が私のチ○コを勃起させる。

カラオケルームに先に入って私の到着を待ち構えていたボブヘアーにセーラー服のカンナは、私の「プチ援交欲」を煽り立ててやまなかったのだし、体育座りしたカンナは、その純白のパンティを私に見せびらかせてもいたのだった。

「今日は学校はサボり?」などと、相手が女子高生ではないことを知りながら尋ねるのは、プチ援交でしか勃起しなくなった自分をプチ援交の流儀でフェラチオしてくれるというカンナの徹底した女子高生意識に対する礼儀であるといえるだろう。

スイートコールでプチ援交時代を思い出す即尺を堪能する

あの頃より少しばかり物価は変わったが、プチ援交の相場だけは変わっていない。私は、財布から相場の料金を取り出すと、カラオケルームのテーブルの上に乱雑に放り投げた。

それを開始の合図ととらえるカンナは、私のズボンを脱がしにかかり、私の蒸れて臭くなっているチ○コに臆することなく立ち向かい、一気に喉奥までくわえる即尺でもってフェラチオを開始したのだから、私としてもたまらない。あやうく、三こすり半程度の頭の前後ですぐに射精しそうにもなる。

いや、もちろん、早々に射精してしまうのは「プチ援交感」を否応なく高めてくれるため、避けるべきではない。かつてのプチ援交を反復したいのであれば、むしろ、積極的に早漏として射精するに越したことはない。長くても出会って十分以内には口内射精にたどりつくというのがプチ援交の基本といったところではないだろうか。

もちろん、その基本と、即尺と同時にもよおした私の気配がわからないカンナではないから、それを察して激しく頭を前後させ、射精を我慢するかどうかを悩むというような隙を私に与えないようにする程度の戦略的フェラチオに移行するのは余裕だ。

スイートコールでプチ援交時代を思い出す即尺を堪能する

そして、私は出会って一分もたたないうちにあっという間にカンナのフェラチオでイカされてしまった。あまりにもあっけない射精だと思われるかもしれないが、私はこういったプチ援交感を堪能したくてスイートコールを使っているので、このあっけなさこそが濃厚な快楽へと繋がっているのである。
もちろん、カンナは「ごっくん」などしてくれないから、私の精液をみずからの両手のひらの上に吐き出して嫌悪に顔をしかめてみせる。

「金のためにフェラチオくらいはしてやるけど、かといって、オヤジのきたない精液は絶対に飲まない。いや、飲んでたまるか」という当時の援交女子高生の「したたかさ」も込みで反復したい私は、「セックスもさせてくれないくせに!」という怒りをウエットティッシュで何度も執拗に手のひらを拭って気持ちはもう帰り支度をしているカンナに対して向け、瞋恚の眼差しでカンナを睨みつけるという「演技」で戯れながら射精の余韻を味わうのだ。